境界性パーソナリティ障害(Borderline Personality Disorder : BPD)とは,情動調節障害,同一性障害,衝動性制御不良などを特徴とする症候群である。
【病態・病因】
BPDの症状は氷山の一角であり,その病態は生物学的要因と後天的要因の両方が想定されている。心因説(一貫しない不良な養育態度,劣悪な環境によるもの),発達障害スペクトラム説,気分障害スペクトラム説,外傷スペクトラム説などが提唱されている。さらに,セロトニンの代謝異常も病因として仮定されている。
【疫学】
有病率を示す研究はほとんどない。しかし,男女比率は1:4ほどで,女性の方が多い。
【経過・予後】
治療を受けた患者の8割は中等度の改善を示すが,否定的予後としては,薬物乱用,反社会的特性,不機嫌さ(ディスフォリア)などが現れる。自殺率は研究によって幅があるものの,約10%である。
【境界性パーソナリティ障害の診断基準(DSM-5)】
対人関係,自己像,感情の不安定性および著しい衝動性の広範な様式で,成人期早期までに始まり,種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。
(1)現実に,または想像の中で,見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力(注 : 基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと)
(2)理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる,不安定で激しい対人関係の様式
(3)同一性の混乱:著名で持続的な不安定な自己像または自己意識
(4) 自己を傷つける可能性のある衝動性で,少なくとも二つの領域にわたるもの(例:浪費,性行為,物質乱用,無謀な運転,過食)
(5) 自殺の行動,そぶり,脅し,または自傷行為の繰り返し
(6) 顕著な気分反応性による感情の不安定性(例:通常は 2~3 時間持続し,2~3 日以上持続することはまれな, エピソード的に起こる強い不快気分,いらただしさ,ま たは不安)
(7) 慢性的な空虚感
(8) 不適切で激しい怒り,または怒りの制御が困難(例:し ばしばかんしゃくを起こす,いつも怒っている,取っ組み合いの喧嘩を繰り返す)
(9) 一過性のストレス関連性の妄想様観念や重篤な解離症状
DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル(髙橋・大野,2014)より抜粋
【ICD-10より】
•BPDとは精神疾患,特にパーソナリティ障害の一種である。
・林 (2013)によると,ICD10の診断基準より,BPDは以下の特徴がある。①対人関係や同一性の不安定さ,②衝動的行動,③感情の不安定さが挙げられる。病名のコードはF60.31。
①対人関係や同一性の不安定さ・・・特に患者は他者に拒否されることに敏感で,容易に見捨てられ不安を感じやすく,それを回避するために過度な努力をしようとする。また,他者を過剰に理想化すると思うと,逆に次はこき下ろしたりする傾向があり,極度な態度の変化が見られる。同一性の不安定さは,患者の自己イメージ,友人や性的パートナーの選択の不明瞭さに表れる。
②衝動的行動 ・・・これには,見捨てられ不安等に影響された,過食,自傷行為,過剰服薬,性的逸脱などが挙げられる。
③感情の不安定さ・・・コントロールできない激しい怒りや慢性的な空虚感を背景とした抑うつ,不安,焦燥などの感情の著しい変動が見られる。これは①における対人関係の問題によって増強される。
このほか,精神症状でも解離反応,妄想反応,精神病症状に近縁の症状の出現などがしばしば見られ,それらは,DSM5の(9) 一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離症状としてまとめられている。
BPDの病因は生物学的要因と養育環境の相互作用であるという見解が一般的である(林,2013)。
【鑑別と併存(岡島,2022)】
①BPDと双極性障害
BPDと双極性障害(特に双極性障害Ⅱ型)は頻繁に鑑別,併存例の対象となる。鑑別のポイントとしては,BPDの場合は,同一性や対人関係での混乱が見られるか,また反応性の気分不安定性があるか,青年期,成人前期から特徴が持続しているか,双極性障害の場合は,気分のオンセットがあるか,躁状態があるか,気分障害を患っている家族がいるか,などが鑑別のポイントとなる。
合併例では,自殺企図や衝動性が増大するという報告があるため,注意が必要。
②BPDと発達障害
BPDと発達障害(特にADHD)も鑑別・併存の対象となる。共通点としては,BPDにもADHDにも衝動性や対人関係の困難さが特徴とされる。しかし,ADHDは大人の段階で診断されるケースも増えてるものの,幼児期との連続性の中で発現していいるという側面がある一方で,BPDは一般的に青年期,成人前期に症状が現れるという特徴を有する。したがって,ADHDでは,当事者の親からの聞き取りや,学校での過ごし方などからADHDと判断できる可能性がある。また,ADHDの出現が先行し,ADHDの特徴である多動や不注意から親の不適切な養育が生まれ,BPDのパーソナリティ特性の問題を呈することも多く併存例もある。
③BPDとPTSD
BPDでは,性的虐待,身体的虐待の歴があるものが多いことが報告されている。このことから,BPDの概念を複雑性PTSD(CPTSD:complex post-traumatic stress disorder)として説明した経緯がある。しかし現在ではCPTSD(ICD-10で診断基準が確定した)とBPDでは,BPD罹患者では不安定な,変化しやすい自己像を持つのに対して,CPTSDでは否定的な自己像を一貫して持つことが違いとして挙げられる。しかし,病因としての共通点の1つとして,不適切な養育があることから,トラウマフォーカストアプローチの必要性が考えられる。
【治療】
心理療法としては弁証法的行動療法,スキーマ療法,メンタライゼーション,転移焦点化精神療法が挙げられる。
薬物療法としては抑うつ、不安、気分の変動、衝動性の緩和 に気分安定薬,不安、怒り、一過性のストレスに関連した認知の歪みを軽減 に非定型(第二世代)抗精神病薬,抑うつや不安の緩和にSSRIが用いられる。
【私説】
BPDは症候論として衝動性が高い病気だと知られるが,その要因は基本的に弁証法的行動療法で説明される「無効化された環境(invalidating environment)」があるからである。したがって,幾度となく繰り返される自殺の仄めかしや自傷行為というのは,通常引き起こされる予定だった,過去の,特に小児期の養育不全やトラウマなどによる“他人を巻き込む行動”が再演しているのである。その部分を知らずにセラピストはA-Tスプリットや治療構造の順守を訴えるのは説得力に欠けるし,クライエントの感情をコンテインする姿勢を見せることはできないと考える。
【参考文献】
アメリカ精神医学会(2014) DSM-5 精神疾患の統計・診断マニュアル 高橋三郎・大野裕(監訳) 境界性パーソナリティ障害 医学書院. 653-658.
林 直樹 (2013). 情緒不安定性パーソナリティ障害,境界型 中根 允文・山内 俊雄(監),岡崎 裕士・大久保 喜朗・小島 卓也・渡邊 義文(編) ICD10 精神科診断ガイドブック (pp.484-487) 中山書店
岡島 由佳(2022). 境界性パーソナリティ障害とその関連疾患 女性心身医学,26(3),333-337.